ルーマニア社会主義共和国
ルーマニアは第二次世界大戦で枢軸国に付いたが、ソ連軍の侵攻・全土占領により従来の立憲王国は崩壊し、ルーマニア共産党による独裁支配が完成した。他の東欧諸国と同様にソ連に対して忠実で、典型的な衛星国の一つであった。
しかし、1965年にニコラエ・チャウシェスク政権が登場すると、豊富な石油生産を背景にした経済建設に成功した事でソ連から一定の距離をおき、当時ソ連と対立していた中国へと接近し、ソ連との断交と復縁を繰り返した。またソ連共産党との確執のあった日本共産党にも接近した。
ルーマニアもチャウシェスク政権以降は「衛星国」として扱わない場合が多い。
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アルバニアでは第二次世界大戦中にパルティザン闘争が盛んで、イタリアやドイツと戦った。戦後はエンベル・ホッジャによる独裁体制が成立したが、常に隣国のユーゴスラビアの存在を意識し、その指導者のチトーが独自の社会主義建設を主張した事で一層ソ連への依存度を高めた。
しかし、1956年にフルシチョフがスターリン批判を行うとホッジャは激しく反発し、国内での強権支配を一層強化して、修正主義と非難したソ連との関係を断絶した。1962年にはコメコン、1968年にはワルシャワ条約機構から脱退し、ソ連の衛星国からは完全に脱却した。